2006年12月05日

教員採用の前提って…

調理理論や実習の指導をするには調理師免許と10年以上の実地経験が必要なのだそうです。
無資格で授業 140時間未履修
 山口県宇部市の宇部フロンティア大付属香川高校で、資格のない教員2人が「調理理論」や「調理実習」の授業をしていたことが5日、分かった。
 厚生労働省は同校に改善を指導。食物調理科の生徒48人がこれまでに受けた計140時間が未履修扱いとなり、同校は11月、保護者会を開いて謝罪し、補習を始めた。(サンスポ)
以前にも似たような報道があったような気がしますが・・・。
なぜ、資格のない人が教員として採用されるのかが疑問です。
@採用後に研修か何かで資格を取得する手筈だった? 
A採用前の提出書類の履歴詐称があった? 
Bもともと、採用側では資格有無を問題にしていなかった? 
C勘違い・早飲み込みによる採用があった?
教員お2人のうち1人は免許がなく、もう1人は経験が10年に満たなかったのだそうです。なぜ、それで採用されたのでしょうねぇ?
もしかして、Bが正解? 資格の有無よりも、人柄を選びました…ってことかしら。いやぁ〜、ないでしょ、それは。教員として採用されるには、前提として授業を担当させられるというのがあるでしょうから。
じゃ、Cかな、正解は・・・?

結局、わかりません(当然ですけど。わかんないのは)。なぜ採用されていたのでしょう。
いずれ、140時間が未履修扱い。生徒さんがかわいそうです。

あぁ… そういえば、こんなことを書くとまた「日記露出趣味」「浅見識」と書かれるのでしょうか(笑)。スレッドにURLを紹介されること自体、実はスゴイこと(笑)。多少、名を上げたかしら?
日記サイトであることは以前から認めていることですから、別にどうということではないのですが・・・。浅見識、それも言われるまでもなく、そのとおりでございますから…。「その筋からの方」がもしいらっしゃるなら、ぜひコメントを!(笑)
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2006年12月01日

シュジュン・・・

手順
て‐じゅん【手順】
1 物事をする順序。段取り。「―を踏む」「―よく運ぶ」2 囲碁・将棋で、着手の順序。また、相手の動きに対する当然の応手。
(大辞泉)
「てじゅん」ですよね・・・。
いえ、ちょっと思い出したのです。
「入力手順」という言葉を本で見つけて、そういえばひらめき

先生がテキストを見ながら講習を進めているのですが、途中“日本語さえ定かでないワタシ”に聞き慣れない言葉が…。
「このシュジュンは・・・」
ヘッ耳、シュジュン(いきなり、目が覚めた)! テキストをずらずらあわてて見直したのですが、そんな言葉は見当たりません。シュジュンッテナンダ・・・。
繰り返し発せられるし「シュジュン」をどうにか見つけようとしたワタシに見えてきたテキスト内の言葉「手順」。講習に出てくるシュジュンを耳で聴きテキストの文章を眺めて一致するところを見つけました。どうやら「手順」をシュジュンと読んでいるらしいと。

日本語にさえ自信のないワタシですから、「そっか、シュジュンとも読むんだ」と、その場を納得して。帰って、辞書で確認してわーい(嬉しい顔)、なんとなくその講師を身近に感じたことがありました。
ずいぶん昔のことですが、ちょっと準備していて突然思い出したものですから(笑)。

くだらないことでスタートした12月です。
あぁ、今年の流れはいつも以上に早すぎました・・・。
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2006年11月16日

学校で学ぶこと

「僕と彼女と彼女の生きる道」… だったかしら、そんなテレビドラマを時々見る機会がありました。
ある回で、娘の持ち物が学校でなくなることが続いて、お父さんが学校を訪れる場面。担任の先生にお話をすると、「わかりました、善処します」というような回答をもらってお父さんは帰ります。
それでも持ち物がなくなることが続いて、再度お父さんは学校へ。
「しかるべき対処をした」と答える担任。
それでも続くため、担任に。
「しかるべき対処をしても変わっていない」というお父さんに、担任の言葉は… 「1人の犯人を確定することで、その子の感情を乱すことになる(というような言い方でした。はっきり、せりふは覚えていません)。クラスの中で犯人探しなどできない」
校長に言っても、同じようなことを言われるお父さん。
校長に直接クラスのことを言われたことに腹を立てる担任教師(しょせん、上から良く思われたいのは誰も同じ…)。

「犯人探しをしようということではない。いかに傷つくことかを、本人たちに知ってほしいのです。自分たちの行為が、どれだけ他人を傷つける行為なのかを、本気で教えてほしい(というような言い方でした。はっきり、せりふは覚えていません)。それをしてもらえないのなら、してもらえるまで学校に来ます。明日も来ます。明後日も来ます。やってもらえるまで来ます」と、娘を本気で思って先生にお願いするお父さん。
その気持ちが、校長にも担任にも伝わったようでした・・・。

いじめ、自殺、教師の自殺… 予想できた嫌な展開が続く中で、思い出したのがこのシーンでした。
先生も大変でしょう、クラスをまとめるのは。いじめっこを探し出して諭すのも、つらいことでしょう。いじめっ子の親御さんも、友だちも、たいへんでしょう。
いじめられるほうは、余計に大変なんです。弱い人たちなのだから、いじめられる。弱い人たちだから、いじめられると余計に心が乱れます。その親御さんだって…。
どの立場にいても大変なんですけれど、あのお父さんが言ってたように本気で語り合ってほしいと思うのです。犯人探しなどではなくって、「自分がした行為に責任を持てる人であってほしい」「相手を思いやれる人であってほしい」。
上にどう思われようとも、教師であることを自覚していてほしい。
他人にどう思われようと、親であることを自覚していてほしい。
そんなことを、ふと思いました。
posted by もあぱそ at 18:40| Comment(0) | TrackBack(1) | 教育に望むこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月07日

給食費・・・

最近、ポツポツとキーワード「給食費滞納」で訪れていただく方がいらっしゃるようで、どうして?と社会の動きに鈍いワタシは首をひねっていたのでしたが…。
徴収金未納で鹿児島県内小・中学校 担任に「取り立て競争」も 県教組調査
 県内の小、中学校で給食費など徴収金の未納家庭に対し、担任教師が職場を訪問して徴収したり、“取り立て”を競わせる学校があったことが、県教職員組合の調査で明らかになった。未納がいじめの原因になった事例もあり、県教組は鹿児島市で4日から開かれた県教育研究集会で報告。調査結果を40年ぶりとなる「教育白書」にまとめる方針だ。(西日本新聞)
これも1つの理由ですか?
「食い逃げ」「給食泥棒」などと言われて、いじめにつながる例もあったそうです。
(空気泥棒、とからかわれていた人を思い出しました。鼻がちょっと大きくって。いじめじゃなくって、それが彼の自慢だったりしていました 笑)
職場へ訪れて督促したり、未回収は担任の責任と言われたり…。なんだか、想像してみると消費者金融の営業マンさん(あっ、実情を知りません。勝手なイメージです。ごめんなさい)、取立て役さんが浮かんできました。
確かに滞納は良くないのですが(無理してでも納めている人がいる中で、不公平ですもの)、それが「いじめにつながって」みたり「保護者への激しい督促を担任に強いる」こととなったりというのは、どうなのでしょうか。
取立てを強いられれば、担任さんのその子への対応や発言も(想像したくないですが)嫌なものに変わってしまうことでしょうし、学校としての態度も違ってくるのでしょうし・・・。

なんだか… 「いじめ」も「自殺」も「教員の姿」も… 考えさせられることが多いですよねぇ。いいのかな、よくないですよねぇ、教育現場がこんなことでは・・・。
posted by もあぱそ at 07:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育に望むこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月06日

パワー持つ人が忘れたふりしていること…

過去実績のない数字を求める、実績がないと罵倒する、成績が振るわないと業績評価を極端に下げる… 世の中には、そうした実例は相当に多いように思います(思うという言い方は、ふさわしくないでしょう。それが現実だと敢えて言うべきかと…)。
引用が長いために、今日も「長すぎる投稿」になります。
(中身がなく長すぎる文章を嫌う方は、ここで読むのをおやめください 笑)

昭和のいつの時点までかは、専門外の教科まで担任して生徒に好まれる嫌味のない教師が現実に多かったように思います(ワタシの思い込みなのかもしれませんが)。それを今に求めるのは、それを求められて嫌な思いをした当時からの教師たちなのでしょうか?

パワハラ自殺 校長ら3人が謝罪 鹿児島・両親が会見
 鹿児島県曽於(そお)市の市立中学校の女性教諭(32)が上司からのパワーハラスメント(地位を利用した嫌がらせ)を訴えて自殺した問題で、教諭の両親ら遺族3人が4日、鹿児島市の自宅で会見した。遺族は校長らが謝罪に訪れたことを明らかにし「今後同様の犠牲者が出ないようにしてほしい」と訴えた。
 遺族によると、3日、校長と教頭、市教育長の3人が自宅を訪れ「いじめと誤解されるようなことをして済まなかった。教諭のためを思って指導したが、パワハラと受けとられ、自殺に追い込んだことは申し訳ない」などと謝罪したという。また、女性教諭の月命日には「命を考える時間」を設け、生徒たちとともに命の大切さについて考えていくことも約束したという。
 遺族は会見で「娘は専門外の教科を教えるように要求され、一生懸命努力したが、悩んで自殺した。きちんと謝罪を受けたので、学校を責めるつもりはないが、同じ悩みを抱えた教師が多くいると聞く。第二の犠牲者を生まないようにしてほしい」と涙ながらに訴えた。
 女性教諭は04年から専門の音楽以外の国語や家庭科を教えるように指示され、通信教育などで勉強したが、今年10月から「指導力不足教員」として県総合教育センターで研修中だった。10月29日、同県さつま町の父親の実家で首をつって死亡しているのが見つかった。教諭のパソコンには上司のパワハラを訴える内容の文書が保存されていた。【大塚仁】
(毎日新聞) - 11月5日10時30分更新


「いじめと誤解されるようなことをして済まなかった。教諭のためを思って指導したが、パワハラと受けとられ、自殺に追い込んだことは申し訳ない」… 誤解されるようなこと? 誤解ではないと思いますが、ワタシ。
それは「事実」でしょ。無理を求められ、求められた本人には努力するにも時間が少なく、「現実の仕事」と「仕事の準備」を抱えながらも「一生懸命」の言葉を知るからこそ努力して自分を叱咤してきたのでしょう、自分に厳しくネ。そうする人だと理解していたはず(そう理解できていなければ、教育者にはなれない)なのに… 「誤解される」という逃げの言葉はないとワタシは思うのです。

人事・労務の最前線を知るためのキーワード
パワハラ 「パワーハラスメント」の略です。職場の上司など権限を持つ者が、立場の弱い部下などに対して、力にものを言わせて無理難題を強要したり、私生活へ介入したり、ときには人権の侵害にあたるような嫌がらせを繰り返し行うことを言います。
「パワハラ」という言葉は『管理職のためのパワーハラスメント論』(実業之日本社)などの著者、岡田康子氏(クオレ・シー・キューブ代表)が生み出した和製英語で、「職権などのパワーを背景にして、本来の業務の範疇を超えて、継続的に人格と尊厳を侵害する言動を行い、就業者の働く環境を悪化させる、あるいは雇用不安を与えること」と定義されています。
法律に触れるものは無論、人を傷つけたり、不適切な業務指示や行き過ぎた教育指導――たとえば企業には人事評価の指標として目標管理などの制度がありますが、上司が実現不可能な目標やノルマを部下に課し、それが達成できなかったからといって「お前は無能だ!」「会社を辞めてしまえ!」と罵詈雑言を浴びせて侮辱する行為は、パワハラになり得ます。
中央労働災害防止協会が2005年1月、東証1部上場企業1000社を対象に実施した「パワーハラスメントの実態に関する調査研究報告書」(有効回答209社)によると、9割が「言葉も内容も理解している」と回答、パワハラ問題が人事担当者などに広く浸透していることがわかりました。またパワハラあるいはこれに類似した問題は、約4割の企業で「時折発生」または「発生したことがある」と回答しており、半数近くの企業で何らかの問題が発生していることがうかがえます。
近年、パワハラがクローズアップされてきた背景には、(1)かつて管理者は部下が追随できないスキルを持ち、情報を掌握していたが、技術革新と情報化によってその優位性が失われ、管理者に対するプレッシャーが高まってきた(2)成果主義人事制度の導入やリストラの進行により、上司と部下の関係がギクシャクしてきた、といった理由があるようです。パワハラの急増に対処するため、防止対策として社内に相談窓口を設置したり、パワハラという言葉を就業規則などに明記して社員の行動基準づくりを進めたりしている企業も出てきました。


「何様なの!あなた様は」と愚痴って酒を飲める人はいいのです。まともに受け止め努力しようとする人には、「無理難題」はいじめ以外のなにものでもないのです。だからと逃げられる人は(後に苦労するのは目に見えていたとしても)、逃げられる勇気があるだけまし。逃げるという手段を知らない人には、パニックを回避する手段を見つけられません(きっと)。
で、死を選ぶことも予測できることなのです。
パワーを持った人、パワーを持っていると勘違いしている人は、その気持ちを(自分だって味わってきた悲しみなのに)わかろうとしないのです(いえ、今の自分に溺れてしまって忘れ去っているというほうが適当かもしれません。忘れたふりをしているのかもしれません)。
あなたがたは忘れているのです。

「誤解されるような」ではありませんでしょう。「誤解」なんて言い方は、パワーを持つ人の逃げの言葉に過ぎないとワタシには思えるのです。

・・・ 力が入りすぎてしまいました。
ワタシもも疲れてしまいました。
また、この投稿で気分を害することとなった読者が(もし)いらっしゃるなら、謝罪します。たいへん申し訳ありませんでした。
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2006年11月01日

未履修科目があるのなら

以下は、あくまでもワタシの個人的な考えです。もちろん異論がございましょうが…(笑)。長くなります、個人的な考えだけで…(笑)。

ワタシが現役の高校生で、現役の受験生で、進学校に在籍する優秀な高校生だとします(アハハ、あくまでも仮のお話ですが)。
さて、入学当初から進学を考えたとしても、2年までは特にガリガリとやらないし出来る環境ではないでしょう。文武両道の精神に立つ進学校としては、学問もさることながら部活動にも専念せねばなりません(笑)。
で、めでたく留年もせずに3年に進級したとします。
ここで考えることは、ワタシの場合「受験科目に集中して、受験科目でないものは最低ラインで行こう」と。…と考えるものの、なんというかプライドもあるのよねぇ。いくら受験科目でないからといって、彼女には負けたくない、彼には負けたくない…という感情が先に立って「捨てる」ことができないわけ。
で、まぁ、家族の目を気にして、家族が起きている間は「勉強は?」という余計なお世話を軽く流して、ゲームやインターネットに没頭して見せます。
で、彼らが寝静まったころに、いきなり「シャキッ」とするわけです。
机の上を片付け、いきなりの学習モード。しかも「捨てきれない」科目まで必死をこいて学習し、連夜の寝不足。
で、結局受験科目もそうでない科目も中途半端に終わり・・・。

(笑)たぶん、そうなるんですよねぇ、ワタシの場合。ほら、関係ないから捨てることができる人たちって、いきなり伸びちゃうわけですよ、受験生としては。「ヘッ?! あの人が!」みたいな人が思いがけない結果を出すのは、だいたいにしてスッパリと捨てられる人なのね。中途半端に全部に努力する人は、本人の、そして周囲の「予想を裏切る」結果に愕然とするということがよくあります。

で、何を言いたいのかというと・・・ 「必修科目の履修漏れ問題」について(問題、なんでしょうね…)。
受験生個人としては、ワタシのような考え方で「捨てる」ことも可能なわけです、スパッと。履修科目にもあるし、授業も受けているし(受けているふりをしているけれど、立てた本の下で別の科目を学習するのは、個人の勝手ですから)、最低ラインの結果で終わるにしても試験も受ける。
個人でそういう方法をとることはできますが、今回の場合は違うでしょ!(となるわけで「問題」なのでしょう)。

でもねぇ、仮の話、入学した高校が進学校という評判であれば… 学校側としても「たいした優秀でもないワタシのような学生も含んで」全学年を「いい大学」へ進学させたいと思うのが当然(そして、そうするのが当然と周囲にも思われている)。生徒の良い面を伸ばし、彼らの望むところへの進学をできる限り可能にしたい…と方策を考えます。予備校的なフォローを期待されれば(もちろん、進学校が予備校化している事実は、そうした期待を背負ってしまっているところからきているのでしょう)、それも踏まえて伸ばしていかなければなりません。
絶対的な学校での学習時間が減れば、課外授業などを増やして時間を作っていくことも求められるし。そうした限られた時間の中で、生徒の望む結果にいかに近づけていくか、これが進学校の例年の悩みなわけです(きっと)。だから、必修科目未履修という現実が出てきます(と思います)。ある意味、生徒のための方策だったというのは間違いではなく、当然の成り行きだったろうとワタシには思えるのです(問題ですか? この発言)。結果として予備校に行かせるのではなく、あえて予備校化して生徒の思いを叶えようと。

この成り行きは、仕方のないことだったのではないかしらと、ワタシは個人的に思うわけです。この「問題」に深くかかわっている方々のご家族にも、現実にその環境にあるお子さんたちは多いのではないでしょうか。でも、たぶん気づかなかったでしょう。個人的に「捨てる」ことを決意したものであれば、「ボク、あの科目は捨てるから」という話題も出てくるでしょうけれど、学校として取り組んでいる科目履修であれば話題にならないでしょう。いくら子どもの成績を管理することに長けた親御さんでも、「必修科目が履修されていない」なんて鋭いことまで見抜けないでしょうし、見抜く知識すら持たないでしょう(この話題が出てくるまでは)。
やろうとしてやってきた生徒さんはいないでしょう、学校側の管理下にある履修科目ですもの。

あえて「何が悪いの」と考えれば、まだまだ学歴で評価する風潮と学歴を意識する風潮。その結果が、履修すべきものを履修せずに思いを叶えさせようとする学校側の「配慮」を生んだ…ということ。
必修科目を履修せずにめでたく卒業し思いを叶えたセンパイも、以後未履修の科目をこなしていかなければならなくなった現役さんも、あなたのせいではないのです(かと言って、一方的に学校が悪いとはワタシは思わない)。堂々として、思いをかなえるべく、今できる努力をしてほしいのです。

学校側さん、あなたが悪いとは思いません。生徒のために、と考えてしてくれたことですから。予備校化しなければならない周囲の評価、伝統が、そうさせたのでしょう。せざるを得なかったのでしょう。「良かれと思ってしたことなのに」ということですもの。
だ・か・ら、責任を取れとか責任を取るとか、そんなことは言わないで、そんなことはしないで。
個人的に「捨てる」ことをスパッとできない生徒のフォローとしては、今の受験制度の中では考えられる手段の一つだったのですから。
今するべきことに一生懸命になりましょうよ。

生徒さんへ 未履修科目の履修によって思いを叶えられなくなるのなら、浪人して東大でも合格してみせなさいよ。もともと優秀なんですから。

学校さんへ 世間の変わりように押しつぶされないで。あなたの学校の実績は、十分に周囲は評価していますから。だから、入学してきたのだし、入学させたいと思わせてきたのですから。堂々と、この先のフォローを続けてください。

とにもかくにも、優秀な生徒、優秀な学校(そうでないワタシのような人も、そうでない学校も)さん、元気と気概を取り戻してください。
posted by もあぱそ at 10:40| Comment(2) | TrackBack(1) | 教育に望むこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月19日

あ〜、分析できませぬ

記事タイトルを見て、なんとなく内容を予想しながら記事を見ました。講義が期待したほど面白くない… まっ、いくつかの選択肢の中から選択された結果なのでしょうが・・・。
興味がなければ面白みを感じないのでしょうし、ゆとりを感じなければ講義を集中して聴けないのでしょうし、何か求めるものがなければ自分で調べて臨むこともしないでしょうから、ねぇ。大学入学間もない1年生なら、結果もこんなものでしょう(とか書いてはみたものの、どのいう答が理想的な結果なのかワタシにはわからないですけれど)
大学生活 1番の不満は「講義」
 大学生活で最も不満なのは「講義」――ジャストシステムが10月18日に発表した、大学1年生に対するアンケートでこんな結果が出た。
 調査は、9月9日から11日にかけ、全国の大学1年生412人に対して、ネットで行った。
 今通っている大学に進学した理由のトップは「ブランドや魅力」(34.0%)、2位は「就職に有利だから」と「資格を取るため」が同率(33.5%)だった。
 大学生活の中で一番楽しいことは「友人と遊ぶ」(28.9%)がトップ。以下「サークル活動」(17.0%)、「趣味を楽しむ」(16.7%)と続いた。
 大学生活の中で一番不満なことは「講義が期待したほど面白くない」(21.1%)がトップ。2位は「キャンパスが遠い」(16.3%)、3位は「特にない」(11.9%)となっている。
 大学生活の満足度は、100点満点で平均61.1点、講義内容の満足度は同56.6点だった。
 理想の大学教授は、上位から順に北野武さん、太田光さん、三谷幸喜さん、イチローさん、タモリさんだった。
 教職員412人に対する調査も同時に行った。今の大学に欠けているものとして挙がったのは、順に「研究環境への投資」(36.4%)、「大学改革の前向きな取り組み」(35.4%)、「大学自体のPR活動」、「社会に出て役立つ講義内容」(29.1%)だった。
(ITmediaニュース) - 10月19日13時55分更新
「ちょっとぉ、『大学名を言えば尊敬されちゃうじゃなぁい。だから、まず○○○○女子大を推薦で受けるのぉ。担任に無理言ってね』って何よぉ。おっかしいんじゃないって、無視してあげたの」って、いつかワタシの娘がかなり怒っていましたのを思い出しました(笑)。ブランドで選ぶって、そういうことですよね。まっ、選べるだけの実力があれば、それはそれで尊敬しないでもありませんけれど。ブランドで選んだところで、無理は通りませんから。
思ったより面白くない… 学問ですから「笑い転げる」ことを期待しているわけではないでしょうから、興味を持たせてくれる話術が足りないってことかしらねぇ。どうも、この結果を分析する能力がワタシにはないということが判明しましたので、とりあえずこの辺で指を休めよぉっと(笑)。

この「理想の大学教授」ってのも、どうもよくわかんないし。
どう考えればいいのかわかんないアンケート結果でした(あっ、もちろんワタシにとっては!ですよ)。
posted by もあぱそ at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育に望むこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月16日

信念を通してほしいの

昨日の続きですが、広がる批判と不安。

ワタシタチだって、たとえば同僚の批判、お客様への陰口、友人への陰口は言いますもの。先生だって、生徒さんへの陰口・PTAさんへの陰口はどっかでやっていらっしゃるのでしょう。やっていないなんて言える先生はいないでしょう(いるのかもしれません、失礼しました)。
「生徒の悪口は、どの先生だってやっているよ」と彼女も言っていました。そう、やっていらっしゃるでしょう、陰口は。
でも、教室で他の生徒さんのいるところで個人の悪口を言う先生はいらっしゃらないでしょう(いえ、宿題忘れたから注意するとか、成績が伸びないから指導する、は別ですよ)。
宿題忘れて、授業を聞かずにいて、チョークを投げつけられたり(それさえ、今は問題かもしれないけれど)ってことはあっても、個人の弱みを見つけて悪口を言ったり、からかったりはしないでしょう(少なくとも、ワタシの頃はそうでした)。
そういう理性は、先生にはあると思っていました。
「元担任のいじめ」波紋 教師や保護者ら批判と不安 「人権意識問われる」 「指導しにくくなる」
 福岡県筑前町の三輪中学校2年の男子生徒(13)がいじめを苦に自殺したとみられる事件で、1年生時の担任だった男性教諭が男子生徒へのいじめを誘発するような発言をしていたことに対し、九州の教師や保護者からは「教師の人権意識が問われる」との批判の声が上がる一方、「生徒への指導がますますやりにくくなる」と影響を不安視する声もあった。(西日本新聞)
ますます指導しにくくなる、確かにそうかもしれないけれど。そう変化させてきているのは、ご自分のお仲間教師さんではないのでしょうか(それとも、今の児童・生徒さんなのでしょうか)。
 高校生と小学生の子どもがいる北九州市門司区の母親(46)は「校長や教育委員会と保護者との間で板挟みになり、だれも守ってくれる人がいない今の教師は、子どもにいかに気をひかれるかに神経をすり減らしているようにみえる。その結果、他の生徒にうけるような言動をしたのではないか」と語った。
板ばさみ、というのも確かにあるでしょうけれど… 板ばさみを感じるのは、ご自分自身なのです。先生自身なのです。生徒からも、教育委員会からも、親御さんからも、みんなから良く思われようとするから「板ばさみ」を感じてしまうのでしょう(あれ? 違うかしら)。八方美人でいようとするから、自分を見失うのじゃないかしら。
いいじゃない、教育委員会ににらまれても。
いいじゃない、親御さんに陰口を叩かれても。
いいじゃない、生徒さんに嫌われても。
八方ふさがっても、自分の信念をきちんと通せる先生なら、ワタシだけは子どもを任せられるもの(エッ? ワタシ1人だけでは困る? アハハ、そうですよねぇ)。
でも、ワタシは、そうあってほしいな。「なぜ、あんな人が教育学部をめざすの? オイオイ」「えっ、あの人が先生になっちゃったの! だいじょうぶ?」… 若いころに周りの仲間が進路を決め始めたときに、そんなふうに思ったものでした。でも「あの人が」と思わせた連中こそが、(教職だけでなく)今じゃ、きちんと仕事をこなしていらっしゃる(ように見える)。彼らに信念があるからこそ、出来たんだと思うのね。
板ばさみを感じて小さくなるんじゃなくって、信念貫いてほしいわけ、ワタシは。
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2006年10月15日

教育者の影響力

ひどいお話です。もちろん教師といっても人間ですから、間違いも行き過ぎもあるものでしょう。教育者だって思い通りに行かないことに苛立って、何かを犠牲に気分転換を図ることも必要でしょう。ただ、気分転換(の対象だという報道ではありませんが)の対象が、自分の担当する生徒さんであっていいはずはないのです。
 教師の一生徒に対しての言動は大きな影響力をもっているし、それを耳にし目にする他の生徒さんにとっても場合によってはそれ以上の影響を持つものです。
当然目にし耳にする教師の言動は、弱者をより弱い立場に追い込むきっかけになるほど大きな力をもっています。自分の力・影響力がそれほどのものであることを、教師自身が理解しているはずのことです。
教師の言動がいじめ助長につながったのは、あまりにも明らかなこと・・・。
 きっかけを作った教師の発覚後の言葉「一生かけて償います」は、あまりにも空しい謝罪の言葉です。
これから、何がアナタにできるのでしょう。
どうやれば、償えるのでしょうか。
<福岡いじめ自殺>発端は学年主任の「いじめ発言繰り返し」
 福岡県筑前町の町立三輪中2年の男子生徒(13)がいじめを苦に自殺した問題で、合谷(ごうや)智校長、中原敏隆町教育長、学年主任らが15日、男子生徒宅を訪れ、両親と面会した。学校側は、男子生徒の1年時の担任教諭を務めた学年主任(現在)がいじめ発言を繰り返し、それが発端となって他の生徒にまでいじめ行動が広がったことを認めた。(毎日新聞)

先生に相談する、困ったなら教えを乞う… それは、単に学習のことだけでなく、生きかた、考え方、家族のこと、友人のこと、どんなことでも相談できる対象として、子どもたちにとっての「先生」の存在は大きいものだと思います。
その先生が期待に応えてくれない、それどころか自分をいじめの対象に選び、先生の言葉がきっかけとなって仲間にまでいじめられることになったのだとしたら… その子の心の傷はワタシには想像できないほど大きなものだったはずです。
「一生かけて償います」 どうやって償えるのでしょう。償うべき彼は、もういません。
教師の言動の影響力をわかっていたからこそ教師を目指したはず。
起きてしまったことだから・・・では済まされないほどの大きな責任だし、影響力をわからずに続けてきた軽はずみな言動で起きた事実は、あまりにも大きすぎるのです。

間違いはだれにもあるものですが…。果たして「一生をかけて償う」と反省する教師に、世間はどういう罪を与えられるものなのでしょうか。
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2006年10月01日

給食費滞納って…

余裕があっても給食費を支払わない保護者さんが増えているそうです。
高級外車で送られてきた子どもが車を降りたときには羨望のまなざしで囲まれながら… 教室に入った途端「給食費払えない」レッテルを貼らされて臆病なまなざしで一日を過ごす・・・なんてことがあるのでしょうか?
給食費払わぬ親たち お金あっても「頼んだ覚えない」
 家計にゆとりがあるのに給食費を払わない保護者が増えている。あまりの悪質ぶりに、法的措置を取る自治体が相次ぐ。未納分を学校側が立て替えたり、給食の質や量を下げて対応している事実は、教育界では“公然の秘密”。生活保護に上積みされた給食費を別の出費に流用する保護者もいるほどで、きちんと払っている保護者や教職員たちから非難の声が上がっている。
 「高級外車を乗り回し、携帯電話に何万円も払っているのに、給食費は払わない保護者がいる」。文部科学省にはこんな報告が相次いで寄せられている。外車に乗るような世帯だけではない。国や自治体は所得により生活保護に給食費分を上乗せして支給しているが、それでも給食費を滞納する保護者も多いという。(略)
 各自治体は、徴収員の配置やプリペイド方式の採用など“あの手この手”で踏み倒し防止に躍起だが、滞納する保護者の多くが「義務教育だから払いたくない」の一点張り。なかには「給食を出せと頼んだ覚えはない!」「給食を止められるものなら止めてみろ!」などとすごむ保護者もいるという。(略)(産経新聞10/01 02:12)
ねぇ、「頼んだ覚えはない」って言われても…。「義務教育だから」って言われても…。
子どもには肩身の狭い思いはさせたくない…そんな思いできちんと支払っている保護者さんだって多いはずなのに、そんな経済的な苦労などないのに理屈をこねて支払いに応じないのはどうしてでしょう?何かお考えがあってのことなのでしょうが、それならもっと別のところにそれを向けてほしいな。もしも「教育の改革」を考えるのなら、指摘すべき「矛盾点」がいっぱいあるはず。そこに声を荒げてくれれば格好イイんだけどな。
(生活保護を受けてパチンコ三昧・・・という人も世の中には多いと聞きます ほんとですか?)
どっか、違っていませんか?

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2006年08月15日

住民基本台帳の閲覧制度にワタシが願うこと

赤紙って、いくらワタシでも知りませんが(^^ゞ
高校生さんには、なんだか馴染み?ありですか!?
(NHK朝の連続テレビ小説純情きらりで、よく出てきますけれども…「赤紙」)

自衛隊勧誘のダイレクトメールに保護者ら困惑
 住民基本台帳の閲覧制度を利用して自衛隊が毎年、卒業予定の高校生らに送っているダイレクトメールに、保護者らから苦情が出ている。住民基本台帳の閲覧制度は、個人情報の保護意識や営利目的での利用に対する批判が高まったことを受け、原則公開から原則非公開とする住民基本台帳法の政府改正案が国会に提出されており、専門家からは「今の流れに反する」との指摘もある。
で、この報道で気になったのが、以下の内容なんです。
 那覇市内の県立高校に通う息子に、ダイレクトメールが届いたという40代の母親は「息子は資料請求もしていないのに自衛隊からのダイレクトメールが届き、赤紙が来たみたいだと話していた。親としても不愉快だ」とまゆをひそめた。
へっ?! 高校生さんが「赤紙がきたみたい」って話すの?
来たみたい…って、そんなに日常的な話題になっていたのかしら「赤紙」。まさかねぇ、ほんとに高校生さんの息子さんが「赤紙」って言葉を使いますかぁ?
まっ、歴史で習うか。NHK連続テレビ小説で見てたのかしら。家族が、そんなお話をしていたかしら・・・。

そういう言葉を使える高校生なら、ある意味偉いのかもしれません。悲しい過去、家族にとっては外見うれしさを装いながら悲嘆にくれた(であろう)忌まわしい(といってしまっては問題かもしれませんが)この言葉を、今の高校生が使っちゃうというのなら・・・。
普通に使えるようになったと、今の日本を褒め称えてもいいのかもしれません。
…でも、本当に高校生が使うのかしら?
まっ、いいのですけれども。

このダイレクトメール、以前には(今でも)情報を得るために「語り」で電話をして、個人的な情報を得ようとしているのがバレバレの電話がよく来ましたけれど。それなら、怪しいと思えば「かけなおす」とかいって電話番号を聞いてみたりもできますが、本人の知らないうちの住民基本台帳の閲覧では歯止めが利きません。
なんとかしてほしいものです。それが本人にとって良いことでも、もちろん悪いことでも、本人の意思で選択できるようにしてほしいとワタシは思うのでした。


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2006年07月29日

いいこと、わるいことは「良心」から

よくわからないけれど、素人発言。
絵画の出品作品を審査する場合に、どれだけの画家がいてどれだけの作品が世に出ているのか見当も付きませんが、指摘を受けるまで「盗作」の可能性を審査員にはわからないものなのでしょうか。
…場合によっては、盗作でありながら世の指摘を受けずに永遠に「受賞者」として名を馳せることもあり得る、ということ?
結局は、「出品者の良心にかかっている」ということなのでしょうか?
盗作分かり最優秀賞取り消し
盗作分かり賞取り消し 文化勲章画家の構図まねる
 静岡県松崎町が昨年秋に募集した「全国漆喰鏝絵(しっくいこてえ)コンクール」で最優秀賞に選ばれた名古屋市の主婦(69)の作品が、文化勲章受章者で日本画家の故佐藤太清氏の絵画「朝霧」を模写した盗作だったことが28日、分かった。
 6月中旬に外部から盗作との指摘を受け、松崎町は最優秀賞を取り消し、佐藤氏の遺族に謝罪した。
 町によると、主婦は「絵画の作品集から構図をまねた。悪いこととは思わなかったが、関係者に迷惑を掛けて申し訳なかった」などと盗作を認めているという。
 「朝霧」では6羽の鷺が描かれ、そのうち1羽だけが首を右に向けている。主婦の作品は色合いや構図が同一。
 漆喰鏝絵は、建築素材の漆喰をこてを使ってレリーフ状に盛り上げ、着色して作成する。
(共同通信) - 7月28日11時19分更新
どうみても「同一」ですもの。なのに、「悪いこととは思わなかった」ってがく〜(落胆した顔)
69歳のお方のご発言とは信じられない。このコンクール出品作品に、同じ名前の方の受賞作品がいくつかあるようですが、もしかして全て「悪いこととは思わず」に構図をまねたものばかりなのかしら(シンジラレナ〜イ)がく〜(落胆した顔)
参考までに、文化勲章受章者で日本画家の故佐藤太清氏の絵画「朝霧」は、コチラでご確認を。
朝霧 - 写真と解説。板橋区立美術館
受賞取消作品はこちらを(あっ、昨日は受賞者名が掲載されていたけれど、削除されています)
同じですよね、どうみても「同一」。これで「悪いこととは思わなかった」と、よく言えるなぁ・・・(悲しすぎる)。
悲しすぎます、絵画の世界。
素人の言うことですから、お気に触るところがございましたらご容赦くださいませ。
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2006年05月25日

受験への心構えは「無用の長物」でしたか

そうでしたかぁ。
配慮か、過保護か… と問われれば、「過保護」でしょうとワタシは思います。
うっかりミス・ケアレスミスをなくしてね、と言われてきたはずなのに起こしてしまうミス。
たしかに「なければいいなぁ」と思うものこそ実際に起こりえるものです、世の中ですもの。
だからこそケアレスミスを、というのに。
そのミスを「あまりにも気の毒」というのでは、受験テクニックもなにもあったものではありません。
ケアレスミスに気を遣って、合格ラインに至らなかった受験生がかわいそうな気がしますので・・・。
世の中ですから、実力があってもケアレスミスで落ちた…という実例が7000件あったほうが「受験生の意識を高める」ためにもよろしいのではないかとワタシは思うのです(ワタシはですよ、ワタシは)。
この考えは間違っていますでしょうか?
センター試験「うっかり受験生」を23年間救済
 毎春の大学入試センター試験では、解答用紙のマークシートに受験番号をマークし忘れたり、誤記したりするミスが絶えないが、センターは1984年度入試以降、これら“うっかり受験者”を全員割り出し、「0点」にせずに通常通り採点していたことがわかった。
 今春のセンター試験でも約7000件のミスがあったが全員救済された。ミスをしたことや救済については受験生本人に知らせていない。共通一次試験が始まった1979年度入試から5年間は一律0点にしていたが、「あまりに気の毒」と方針を変えた。学力とは無関係のミスを救う「配慮」なのか、それとも「過保護」なのか。文部科学省も「難しいところ」と話す。
(読売新聞) - 5月25日3時7分更新
でも、どうなんでしょうかねぇ。
やっぱり気の毒ですかね。
「あっ、受験番号のマークを忘れた」とかって完璧にあきらめていたのに、救済されたことさえ知らずに「あっ、なんだ、さすが自分。忘れていなかったんだぁ」なぁんて安堵する。まっ、これはこれでシアワセなんですかね。実力はあったんですから。

う〜ん・・・ 深く考えないことにしよぉ〜っとわーい(嬉しい顔)
posted by もあぱそ at 21:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育に望むこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月19日

丸写し?! またですか…

以前のエントリ2006年03月04日 入試問題にまで「盗作」?で嘆いた「静岡県立清水東高校で実施された前期入試の理科の問題の一部が04年度福島県立高入試問題からの盗作だった」ってお話がありましたけれど、こんどは教員採用試験問題が丸写し…という報道がありました(嘆)。
教員採用試験の問題は丸写し
 2005年7月に行われた鳥取県の06年度県立高校教員採用試験で、「地理歴史」の71問のうち、地理分野の33問が、市販の大学入試問題集をほぼ丸写しする形で出題されていたことが19日わかった。
文部科学省は「丸写しなど聞いたことがない。受験者に不公平を生じかねない」とあきれている。
 県教委によると、地理分野のうち11問が、出版社の入試問題集の文言と完全に一致、残り22問も言い回しはほぼ同じだった。
 採用試験の問題は、昨年4〜6月に教員数人で作成。地理分野を中心的に担当した教員は丸写しを認め、「自分で問題を作っても同様になると思い、文言はそのまま使った。今思うと適切ではなかった」と話しているという。(読売新聞)

ねぇ、これもカンベンしてほしいなぁ。
「自分で問題を作っても同様になると思い、・・・」って何よ、これ(怒)。
そうなんだ、教員採用試験ってそんなレベルなんだ。
教員数人で作る採用試験。
入試問題集をそばに置き作られる問題。
教員を採用するのに、現役の教員が作る。
分野に詳しい(?)教員が、額を寄せ合い、首をひねりながら個室にこもり、ああだ・こうだと意見を交わしながら、過去問題集などをめくり、「この問題は、ボクでも解けないかも」「ワタシなら、これ完璧よ」「うわっ、この問題、間違っているわ」「いや、この解答例は間違っていない?」「あれっ、この問題、あそこでも出題されていたね」(…すべて、空想)とか言いながら・・・。
「あのさ、私が問題を作っても同じ問題文になっちゃいそう。文言はそのまま使っちゃっていいかしら」「いいんじゃなぁい」・・・みたいな、その場の情景を空想してしまいました(^_^;)。

なんだか、マンガにできそう。
絵が あだち充さん だったりしたら、かわいくって憎めないマンガになりそう(笑)。
いえふらふら「憎めない」ではいけません。
ねぇ、任されたのなら責任をもってやってよ。
責任をもって作成されたものを、きちんと別の人がチェックしてよ。
えっ、チェックしたの。そんなら、チェックした人にも責任あるでしょう。チェックしてないのがく〜(落胆した顔)、それはそれで問題でしょ。
県教委さん、任せっぱなしで、問題発覚したら担当教員にすべて責任負わせ…ではいけません。チェックしたのならチェックした人の甘さもあるし勉強不足もあるし、チェックしてないなら管理不足だし無責任だし・・・。

あぁ、少し(どころではなく)腹立たしい、なふらふら

posted by もあぱそ at 23:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育に望むこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月17日

国策よりも、「人物」を

ウィニーを使う先生が多い、のでしょうか?
<ウィニー>学校現場の私物パソコン、教委把握は3分の1
 ファイル交換ソフト「Winny(ウィニー)」を介して重要情報がインターネット上に流出している問題で、毎日新聞は学校でのパソコンの管理実態について、47都道府県と15政令市の教育委員会に聞き取り調査を実施した。公務に使っている私物パソコンの台数を一部でも把握しているのは、「ゼロ」との回答を含め、3分の1の21教委にとどまった。管理が行き届きにくい私物パソコンは情報流出の危険性が高いとされ、教育現場での対応の遅れが浮き彫りになった。また、学業成績などの情報流出は全国で17件発生していることが分かった。(毎日新聞)
インターネットに詳しい園田寿・甲南大法科大学院教授(刑法、情報法)のお話として「教育現場に限らず、すべての組織でパソコンのセキュリティー対策に対する意識を高める必要がある。個人の責任にせず、国策としてウイルス対策を進めてソフトを無償配布したりする時に来ているのではないか。」と報じられています。
ソフトの無償配布ってセキュリティー対策のためのソフトなのでしょうか、アプリケーションのこと?
「学校職場は過重負担で仕方ない面もある」とされています。確かに過重負担はあるのでしょうが、パソコンを使用して仕事をこなす多くの方々にとって「過重負担」となっているのは同じなのではないかと…。アプリのバージョンが新しくなるたびにバージョンアップ、その使いこなしを学習…を繰り返しているのは学校職場だけではないのですよねぇ、たぶん。
国策としてソフトの無償配布…の提案がアプリのことだとしたら、ちょっと甘いなと。
(きっと、ウィルス対策ソフトのことでしょうね)
現実がどうかはワタシは知らないけれども、教育現場の待遇だけを考えれば厚遇されているような印象があります。その中で、ウィニーを個人的に使用している人が多いのは、その人の「勝手」ですよね。使用を自分でお決めになったのであれば、その責任もご自分で取ればいいのではないかと…素人考えでは思うのであります。
国策を考えるよりも前に、人物を考えてほしいような気がします。

あぁ、こんなことを書いているワタシ… ワタシこそしっかりしなければいけないのに(笑)。他人事など考えていても・・・(笑)。
みなさん、良い一日を!
posted by もあぱそ at 07:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育に望むこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月07日

素朴な質問

質問です。
Johjima(城島さん)、Ichiroh(イチローさん)って、綴りますよねぇ。
このhを付ける付けないは、センスの問題なのでしょうけれど、そうですか?
いえ、たとえば伊藤さんという人がいたとして、「Ito」と綴られるとワタシ、イトウさんと読めないのですよ。
でも、「hを付けると、変な発音になるらしいのですよ」とか言われちゃうと(^^ゞ。そう教えられたらしいのですが…。

どうなんでしょう、教えてほしくって。
といっても、だれも見てくれていないからなぁ。
気が向いたら、お答えをくださいませ(笑)。
posted by もあぱそ at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育に望むこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月12日

English is difficult.

Good morning.
On only having a good day it today.
It awoke ahead of time, and it translated into English for a moment in a
playful mood.
Because it was not possible to do, it relied on the translation function
straight in English in my English ability.
There is no other way though it is miserable.
However, might not in the world a lot I who can neatly translate Japanese into English. It envies it for Watashi.
However, are these sentences English that makes myself understood to the person who
digests English?I am doubted.
Well, let's make it to Japanese.

おはよう。
今日それを良い日持つことだけに関して。
それは早めに目覚めました、そして、中では、ちょっと遊び好きのムードを英訳しま
した。
するのにおいて可能でなかったので、私のイギリスの能力では、まっすぐ英語で、そ
れは翻訳機能を当てにしました。
それは惨めですが、他の道は全くありません。
しかしながら、世界で日本できちんと翻訳することができる多くの私イギリスであることでそうしないかもしれません。 それはWatashiのためにそれをねたみます。
しかしながら、自分を英語を読みこなす人に理解しているこれらの文はイギリスのですか?私は疑われます。
さて、日本語に行きましょう。

・・・何をやっているのか、とお思いでしょうわーい(嬉しい顔)
実は、ちょっと快適に目が覚めた(珍しい)ので、いたずら心で日本語を英語にしてみようと…。
英文を読んでいただいた方には、「何を言ってんだ、わからなぁい」ということになっているのでしょう。もちろんワタシにはそんな能力などないので、
「エキサイト翻訳」http://www.excite.co.jp/world/
で翻訳してみました。
話し言葉で書いた文章を翻訳したので、余計におかしくなります(笑)。
で、おかしくなった英文を日本語に翻訳したら「あなた、だれ?」と問われそうな日本語になります(笑)。
ワタシ、ときどきこんなことをして遊んでいます。結構楽しかったりして…。
本当はね、こんな機能に頼らずに自分でできればいいのだけれども、英語に触れなくなって何年もたつのでまったくできないのです(情けないですよねぇ)。
でも、英語化したものを日本語にし直した文章、結構おもしろいですよね。
これって、あとでまともに英語を見直したときに、どこが間違っているのかキチンと考えれば、いいお勉強になるなぁと思います。そう思いながらも、会話文を英訳して出来上がった文章を考察してみたことは一度もないのですが。
どうでしょう。
いい遊びになると思いませんかぁ・・・。

と、時間ですのでこの辺にしておこうっと(笑)。
失礼しましたわーい(嬉しい顔)
posted by もあぱそ at 07:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育に望むこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月14日

どこが教育に望むことなのか、ワタシ自身にもわからない。

ちょっとね、算数のお勉強をしていたの。
算数ね、もともと算数「も」不得意なのですが。
で、
負の値と負の値を掛けると、正の値になる(うん、これは間違いない)。
で、
じゃあ、その理屈で、「家計の赤字」と「家計の赤字」を掛け算すれば正の値になる!?
おぉ、そうするとわが家は安泰だ!!と喜んでみた。
んっ?!
確かに正の値には、なるよ。
でも、それは算数ではそうだけれども… だいたいにして家計の赤字を掛け算する意味は何? 家計を月ごとに掛け算する必要はあるの?!
ないでしょう、とヨロコビは一瞬で終わりました。
家計は、やっぱり加算減算でしょう。
赤字+赤字=ブラックホールの赤字。
加算は正しい。
赤字+(-赤字)=減ずるものが大きければ黒字変換?!
ないでしょう、これも。
赤字をマイナスする機会は、家計にはない!!
だから、
∴家計にとって負の値はいつまでたっても負の値にしか過ぎない
…と、結論されました(笑)。

はい、確かにワタシは「時間」をこのブログで追及してきました。
あぁ、嫌味をいわれた(のかな、たぶん)。
でも、少なからず時間がないのはワタシにとって深刻だったのよね。
まっ、継続しないだろうけど、この状態は・・・。

・・・何を考えてんだか、ワタシ。
posted by もあぱそ at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育に望むこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月22日

学校HPが匿名化される、について

困りましたねぇ、学校ホームページ上の情報が悪意の標的にされるなんて。
例えば表彰される、成績優秀者の栄誉をたたえる… そうした学校情報がきちんと伝えられなくなるとするとサイトの閲覧者にとっては中途半端な印象にしかならない、というか表現があいまいできちんと伝わらなくなることは必然です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051021-00000009-khk-toh
「開かれた学校」HPが落とし穴 ネット殺害予告
 丑田祐輔容疑者(23)は女児の学校のホームページ(HP)に女児の氏名が掲載されているのを見つけ、標的にした。防犯上、HPから児童、生徒の氏名や写真を削除する学校が増えている中、今回の事件で、HPの匿名化を強化したいという学校関係者は少なくなく、学校の主役の子どもが学校のHPから消え去る懸念も強まっている。(河北新報)
HPの匿名化が進む、掲載画像にモザイク処理… これでは、サイトそのものに学校らしさとか子供らしさ、子供たちへのいたわり…などが感じられない表現が必然的なものになってしまいます。
「らしさ」がなくなると、訴える内容も変わってくるし。

とはいっても、悪意の被害者になることを避けるためには、これもやむをえないでしょうし。
表彰を受ければ、表彰された子の情報を掲載して、その子の動機付けにしたり他の子の意識付けにしたり… 教育的にはサイト掲載によって大きな効果が生まれるはずなのに。
匿名化、これは仕方のない対処法なのでしょう(と、納得するしかないのでしょうか)。
残念なことです(ワタシも匿名を使用しているひとりではありますが…)。
とはいえ、どうすればいいのかにワタシの意見を申し上げる知恵もなく。

posted by もあぱそ at 06:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育に望むこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月18日

御礼 「浸れる」

先日来のワタシの疑問にご回答をいただきまして、ありがとうございます。
御礼申し上げます。

「浸れる」は、ご指摘のとおり「ひたれる」でした。
今朝子供に聞いたところ、「課題のあの答えは 浸れる=ひたれる だった。可能型ね」とのこと。
閉じられた部屋では、個々の思いに浸れる
みたいな使い方で説明されたとのこと。
やれやれ、結論はそういうことでしたかぁ(笑)。

とにかく、子供の課題にはときどき振り回されるワタシ。
普通の親だなぁ、という感じです(当たり前ですが)。

しかし、読みを問う前に文章例を示すことが必要ではないでしょうか。文章によって読みが変わってくるものなのだから・・・。

ご報告して、御礼に替えさせていただきます。
posted by もあぱそ at 23:05| Comment(1) | TrackBack(1) | 教育に望むこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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